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感情は表に出さないほうがいい?うつと情動調整

感情は表に出さないほうがいい?うつと情動調整

嫌な気持ちを感じたとき、「考えないようにしよう」「忘れたい」と思うのは自然な反応です。しかし、気持ちを抑え込もうとすればするほど、逆に頭から離れなくなる経験はありませんか。

心理学ではこれを「思考抑制のリバウンド効果」「シロクマ効果」と呼びます。感情をどう扱うかという「情動調整方略」は、うつ病や不安症状の発症や持続に大きく関わっていることが、数多くの研究から示されています。

情動調整方略とは何か

情動調整方略とは、感情が生じたときにそれをどのように処理しようとするかという心の働きを指します。たとえば、怒りや悲しみを感じたときに「我慢して抑える」「別の視点から考え直す」「気持ちを受け止める」などの方法がこれにあたります。

人は誰でも日常的に感情を調整しながら生きていますが、その使い方の「偏り」が長期的に心の健康に影響を及ぼします。特に、否定的な感情を抑え込む「抑圧」や「思考抑制」と、状況を新しい視点から見直す「再評価」、感情そのものを否定せず受け入れる「受容」では、心理的な結果が大きく異なることが知られています。

抑圧・思考抑制がもたらす反作用

抑圧や思考抑制とは、「不安」「怒り」「悲しみ」といった感情を感じないように無理に抑え込むことを指します。短期的には役立つ場合もありますが、長期的には逆効果になることが多いとされています。

たとえば、「嫌なことを考えないようにしよう」と意識すればするほど、かえってそのことが頭に浮かびやすくなる現象が報告されています。これは脳が「考えないようにする」という指令を出す際に、その考えに注目し続けてしまうためです。その結果、感情は抑えきれず、より強く戻ってきます。

さらに、抑圧を続けると、感情を感じること自体に恐怖や罪悪感が生まれ、「悲しい自分は弱い」「怒ることはよくない」といった自己否定的な思考が強まりやすくなります。これが慢性的なストレス反応や抑うつ状態の温床になります。

再評価と受容 ― 感情を変えようとしない工夫

一方で、心理学的により健康的とされる情動調整方略が「再評価」と「受容」です。再評価とは、状況の意味づけを変えて感情の強さを和らげる方法です。たとえば、「失敗した」ことを「うまくいかなかった原因を学ぶ機会だった」と捉え直すことがそれにあたります。再評価を用いる人は、否定的感情を感じにくく、うつ病の再発率も低いことが示されています。

また、受容は、感情を排除せずに「いま、自分はこう感じている」とそのまま認める態度です。感情を変えようとするのではなく、まずは存在を許すことに重点を置きます。これにより、感情を抑え込むためのエネルギー消費が減り、結果的に感情が自然に落ち着くことが多くあります。

この考え方は、近年注目されている「マインドフルネス」や「アクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT)」の基盤にもなっています。これらは感情を「コントロール」ではなく「観察と受け入れ」の対象として扱う点が特徴です。

感情の扱い方を変えるために

情動調整の偏りを修正するには、「感情をどう扱うか」に気づくことが第一歩です。自分が落ち込んだとき、すぐに「考えないように」していないか、あるいは「感じてはいけない」と抑えていないかを意識してみましょう。

次に、再評価や受容の練習を取り入れます。たとえば、「この気持ちは一時的なもの」「今の状況の中で自然な反応だ」と言葉にすることで、感情を敵ではなく一時的な体験として捉えられるようになります。感情を排除しようとするのではなく、通り過ぎるものとして眺める視点を持つことが大切です。

また、感情の扱い方は一人で身につけるのが難しい場合もあります。長年の癖として根付いていると、自分では気づきにくいこともあるため、心理師のカウンセリングや医療機関でサポートを受けながら進めることも有効です。

まとめ

抑圧や思考抑制のように感情を押し込める方法は、一時的な安心をもたらしても、長期的にはうつ病や不安のリスクを高めることがあります。対して、再評価や受容といった方略は、感情を敵視せず、自然な形でやり過ごす力を育てます。

必要な時は専門家に相談してください。 感情を無理やりコントロールしようとするよりも、まずは理解し、観察し、受け入れることが回復への近道になる場合があります。心の反応を無理に変えようとせず、少しずつ「感じる力」と「距離を取る力」を取り戻していくことが、長期的な安定につながる場合も多いですよ。


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