神経発達症の特性がある人の中には、日常の中で不安や緊張が強くなりやすかったり、考えごとが頭の中でぐるぐると続いてしまうことがあります。気持ちが落ち着かず、「どう扱えばいいのか分からない」と感じることが増えると、生活にも負担がかかりやすくなります。
ただ、こうした状態には理由があることが多く、本人の気の持ちようだけで説明されるものではありません。心理学では、考え方や感情の扱い方に小さな工夫を入れることで負担が和らぐことがあるとされ、その一部が認知行動療法としても使われています。
認知行動療法の基本に、「浮かんだ考えはそのまま事実ではなく、一つの仮説として扱う」という考え方があります。
ストレスが強いときほど、人は短い時間で悲観的な結論に飛びつきやすいと言われています。特に神経発達症の特性がある人では、出来事の細かい点に注意が向きやすかったり、出来事を正確に理解しようとする意識が強いことで、ネガティブな解釈が続きやすい場面があります。これは性格の問題というより、情報の処理のしかたに関わる傾向として説明されます。
そこで役立つのが、考えを「仮説扱い」にしてみるという練習です。「仕事で注意された。自分の能力が低いのかもしれない」という考えが浮かんだとき、それを否定する必要はありません。
ただ、その横に「別の可能性」をそっと置いてみます。「忙しくて説明が急ぎだっただけかもしれない」「改善できる範囲のことだったのかもしれない」といった、もう一つの見方です。この“別の仮説を置いてみる”という作業は、CBTの技法のひとつで、強い不安や落ち込みの背景にある “一つの見方だけにしばられる” 状態をゆるめるために取り入れられています。
もうひとつ、日常で起こりやすいのが「全部か無か」で考えてしまうパターンです。神経発達症の特性がある人の中には、物事をはっきりさせたいという気持ちが強く、白黒が明確な状態だと安心しやすいという人もいます。
ただ、実際の生活は、成功と失敗のどちらか一方だけで説明できるものばかりではありません。CBTでは、その間にある“グレーの部分”に言葉を与えてみることで、極端な解釈に流れにくくなると考えられています。
これを実際に使うときは、小さなメモ帳がひとつあると便利です。
書き方はとてもシンプルで、
- そのとき浮かんだ考えを書く
- それに対する“別の見方”を一つだけ付け加える
この二つを書き分けてみましょう。
「仕事で失敗した。もう信頼されないかもしれない」という考えに対して、「今回は準備が足りなかっただけかもしれない」「状況を説明すれば理解してもらえるかもしれない」といった補足を置いてみます。ここで大切なのは、ポジティブに考え直す必要はないということです。あくまで“可能性を一つ増やすだけ”で十分だともいわれています。
さらに、不安が強いときは、考えを整える前に身体の方が緊張してしまうこともあります。神経発達症の特性と不安傾向が重なると、刺激の多い環境では処理の負荷が急に高まり、頭が回らなくなることがあります。このときは、数分だけ静かな場所に移動する、深呼吸を挟むなど、身体から落ち着きを取り戻す工夫を併用することで、考えの整理がしやすくなるとされています。
こうした方法は、気持ちを完全に変えようとするものではなく、少しだけ余裕をつくるための道具です。大きな目標を掲げる必要はありません。浮かんだ考えを「いったん紙に置く」「別の可能性を一つ足す」という、続けやすい範囲から始めてみてください。気持ちの揺れがゆっくりと落ち着き、行動の選択肢が広がりやすくなることがあるかもしれないですよ。

