「やることが次々に押し寄せて、いつも何かに追い立てられている」。そんな感覚がなかなか抜けない方は、決して少なくありません。気持ちが休まらず、夜になっても頭が動き続けてしまう。本当はゆっくりしたいのに、心がそれを許してくれない。今回はそんな「精神的余裕」について、その正体と、今の自分の状況に合った向き合い方をお伝えします。
そもそも「精神的余裕」とは何でしょう
精神的余裕とは、目の前のことに振り回されず、自分の気持ちや状況を少し離れたところから眺められる心の状態のことです。余裕がある人とは、悩みがまったくない人のことではありません。同じ問題を抱えていても、「どうしよう」と頭が真っ白になってしまうのか、「まず何からやろうか」と一呼吸おけるのか。この違いが、余裕のあるなしとして表れます。
ここで知っておいていただきたいのは、余裕のなさは「時間が足りないこと」だけが原因ではない、という点です。時間があっても気持ちが落ち着かないことはありますし、忙しくても穏やかでいられることもあります。余裕とは、時間の量よりも、心の受け止め方や、今おかれている状況に深く関わっているのです。
「余裕はつくるもの」は、いつも正しいとは限りません
「余裕は自分でつくるものだ」という言葉を聞いたことがあるかもしれません。たしかに、工夫しだいで余裕が生まれる場面はあります。けれど、これがいつでも当てはまるわけではありません。心身が限界まで追い詰められている人に「余裕は気の持ちようだ」と伝えるのは、いわば余力のある人の理屈であり、かえってその人を追い込んでしまうことすらあります。
大切なのは、今が「つくる」段階なのか、その前に「守る」べき段階なのかを、自分の状況から見極めることです。おおまかに、次の三つの段階で考えてみましょう。
- 心身が追い詰められ、すり減っている段階
- 少し回復し、状況を冷静に見られるようになってきた段階
- 立ち止まる時間や、必要のない作業が多くなっている段階
それぞれで、とるべき対処は変わってきます。
追い詰められているなら、まず離れてよい
もし今、職場のパワーハラスメントや過大な仕事量で心身がすり減っているなら、最優先すべきは「余裕をつくる工夫」ではありません。自分ではなく状況を変えることで、自分の安全を守ることです。
厚生労働省も、身体的・精神的な攻撃や、過大な要求などを職場のパワーハラスメントとしています。こうした環境に置かれ続けると、どんなに考え方を工夫しても、心はすり減っていきます。眠れない、食欲がわかない、朝どうしても起き上がれない。そんな状態が続いているなら、それは「頑張りが足りない」のではなく、限界が近いというサインです。
仕事を休む、距離をとる、信頼できる人や相談窓口に話す。これらは決して逃げではなく、自分を守るための大切な選択です。まずは安全な場所に身を置くことが、回復のいちばんの土台になります。
回復してきたら、現実を見て、変えられることを変える
しっかり休み、心身が少しずつ回復してくると、これまで見えなかったものが見えてきます。同じ出来事でも、「もう全部だめだ」一色だった見え方に、少しずつすき間が生まれてくるのです。この段階になって初めて、自分の状況を冷静に整理する作業が役に立ってきます。
ここで力になるのが、認知行動療法という考え方です。これは、ものの受け取り方(認知)と、ふだんの行動の両面に少しずつ働きかけて、気持ちを楽にしていく、科学的な根拠のある方法です。出来事そのものは変えられなくても、その受け止め方や行動を見直すことで、気分はやわらいでいきます。たとえば「また失敗する」と決めつけていないか、「本当にそうだろうか」と一度立ち止まり、別の見方も探してみる。考えを無理に打ち消すのではなく、しなやかにしていくイメージです。
このとき大切なのは、変えられることと、変えられないことを分けて考えることです。相手の性格や過去の出来事は、自分の力では変えられません。けれど、自分の受け取り方や、これからの行動は、少しずつ変えていけます。変えられる部分に目を向けることで、消耗していた力を、前へ進む方向に使えるようになっていきます。
「つくれる余裕」を増やす工夫
一方で、大きな危機が去り、どちらかというと「立ち止まっている時間が長い」「気がつくと必要のない作業に追われている」という状況であれば、余裕は工夫しだいで生み出していけます。ここでは、その手助けになる方法をいくつかご紹介します。
頭の中に思い浮かんだことを、紙に書き出す
追われる感覚が強いときは、頭の中で「あれもこれも」とたくさんのタスクがよぎります。そのままだと、実際よりも大きな山のように感じてしまいます。気がかりなことをすべて紙に書き出すと、量が目に見える形になり、「思っていたより少なかった」と気づくこともあります。頭の中にあったタスクを外に出すだけで、頭の中には余裕が生まれるでしょう。
一度に一つ、に絞る
一度にたくさんのことを抱えると、かえって一つひとつが手につかなくなりがちです。今日やることを絞り、いちばん大事な一つから手をつける。向き合う対象を小さくするだけで、心の負担は軽くなります。
生活のリズムを、ゆるやかに整える
心の余裕は、体の状態にも支えられています。いきなり完璧を目指す必要はありません。朝起きたらカーテンを開けて光を浴びる、決まった時間に一度は外の空気を吸う。そんな小さなことが、追われる感覚に流されにくい、おだやかな心の土台をつくってくれます。
一人で抱えこまないことも、立派な「余裕づくり」
ここまでお伝えした方法は、ご自分で取り組めるセルフケアです。ただ、これらはあくまで土台づくりであり、すべてを一人で解決する必要はありません。とくに「自分が今どの段階にいるのか」「離れるべきか、工夫すべきか」は、一人では判断が難しいものです。
当センターでは、公認心理師が認知行動療法を中心とした心理支援を行っています。うつ病や適応反応症(適応障害)などで休職中の方も、まだ受診されていない方も、心理師と一緒に、今の状況に合った進め方を考えていくことができます。初回のカウンセリングは無料ですので、どうぞ安心してご相談ください。
おわりに
精神的余裕は、自分の意思でつくり出せるものではありません。追い詰められているときは離れて自分を守り、回復してきたら現実を見て変えられることを変え、立ち止まりが多いときは工夫で余裕を生み出していく。今の自分の状況に合わせて選んでいくことが、追われる感覚から抜け出す近道です。あせらず、できることから始めていきましょう。
引用元・参考文献
- ストレスとは(ストレス軽減ノウハウ)|こころの耳(厚生労働省)
https://kokoro.mhlw.go.jp/nowhow/nh001/ - eラーニングで学ぶ「15分でわかるセルフケア」|こころの耳(厚生労働省)
https://kokoro.mhlw.go.jp/e-learning/selfcare/ - うつ病の認知療法・認知行動療法 患者さんのための資料|厚生労働科学研究(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/bunya/shougaihoken/kokoro/dl/04.pdf - パワーハラスメントとは|あかるい職場応援団(厚生労働省)
https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/foundation/harassment_list/power-hara/



